広報文化

平成27年8月7日

響きあう日愛の自然観―「小泉八雲記念庭園」オープンに寄せて―

 6月26日、アイルランド南部、ケルト海に面したトラモアというウォーターフォード県の小さな保養地に、「小泉八雲庭園」がオープンしました。「怪談」で知られる小泉八雲ですが、英語名はパトリック・ラフカディオ・ハーン。アイリッシュ・ライターのひとりです。
 八雲のひ孫として、妻とともに庭園のオープニングに出席し、大きな感動を覚えました。それは、海外によくある日本庭園ではなく、八雲の地球3分の2週におよぶ片道切符の旅の人生と彼の精神性を、ひとつひとつに物語をもつ9つの庭で表現するユニークなものだからです。発案者で地元歴史家のアグネス・エイルワードさんの構想を庭師マーティン・カランさんの想像力と熱意と技術が実現させたのです。
 3年前、私たちはトラモアを訪ね、アグネスさんに史蹟やハーンが滞在した家などゆかりの地をご案内いただきました。最後にアグネスさんはこの庭園予定地を案内され、小泉八雲庭園を造る夢を告げられました。夕やみ迫るこの場所で聞いたそのお話は強く私たちの心を打ちました。そして、わずか3年後にそれが現実のものとなったことは、驚きと喜びでいっぱいです。
幼い頃、八雲はトラモアの海で泳ぎを覚え、乳母キャサリン・コステロから妖精譚や怪談を聞く至福の時をこの地で過ごしました。その頃、キャサリンが語った「三つのお願い」(”Three Wishes”)と「聞き耳」(”Animal Languages”)という2つの民話は私の代に至るまでわが家で語り継がれています。
 後年、51歳になった八雲は幼年時代を振り返り、アイルランドの妖精譚を再話した高名な詩人ウィリアム・バトラー・.イェーツに宛て、「私にはコナハト(アイルランド西部地方)出身の乳母がいて妖精譚や怪談を語ってくれた。だから私はアイルランドの事物を愛すべきだし、また実際愛している」と、アイルランド伝統文化への愛情を告白しています。だからトラモアはハーンがアイルランドの歴史に底流するケルト的精神性を理解する上で最も大切な場所の一つだったと思います。
 八雲は、松江で日本庭園のある家に住み、「日本の庭で」というエッセーを書いています。その中で「樹木には―少なくとも、日本の樹木には魂があるという考えは、梅や桜の木に花が咲いているのを見たことのある人なら、突拍子もない幻想だとは思わないであろう。それは、出雲をはじめとしてどの地域でも、あまねく信じられていることである」と、日本人のアニミズムが日本人の自然観の基底にあることを伝え、自らもそれに共感しています。
 私は、かつてアイルランドの中部や西部で妖精の木や願い事の木といわれるご神木を何度か見ました。アイルランドでも日本と同じく、ドルイド信仰から受け継がれた森羅万象に精霊が宿るという信仰が底流しているのです。つまり自然への畏怖の念が日愛両国に共通する自然観だと思います。
 この庭はそんな両国の響きあう自然観を伝え、ハーンが説いた「人と自然の共生の大切さ」を世界へ発信する場所になって欲しいと願っています。同時に、トラモアの文化資源、すなわち地域活性化に貢献する新しいスポットとして、国内外の多くの方たちに親しまれることを願っています。
 10月10日には日本からの代表団がこの庭を訪れ、なかでも松江市からは倉澤實作のハーンのレリーフが寄贈される予定です。同じく10月には、ダブリン・リトル・ミュージアムでハーンの特別展が、ダブリン・ウォーターフォード・ゴールウェイの3都市で、俳優の佐野史郎さんとギタリストの山本恭司さんによる「小泉八雲朗読ライブ」が開催されます。
 この斬新な企画を提案されたアグネスさんやそれを支えた地域の方々、さらに温かいバックアップにつとめられたアイルランド・日本両国政府の関係者の皆様に心から感謝申し上げます。
 
 (島根県立大学短期大学部教授・小泉八雲曾孫)