「ファームリーを訪ねて」大使レター(8月号)

令和8年8月31日
ファームリーの「ノリタケ」のティーカップ・セット(令和8年8月撮影)
拝啓、
初秋の候、と言っても日本の暑さはまだまだ厳しいものと拝察しますが、皆様におかれましては、いかがお過ごしでしょうか。
アイルランドは朝晩、10度近くまで気温が下がり、日中は20度近くまで気温が上がり、晴天続きであった今月も下旬あたりからようやく雨が戻ってきた模様です。
8月下旬の、とある曇天の日、ダブリン郊外にあるファームリーを訪ねました。広大なフェニックス・パークの一角にあるアイルランドの迎賓館は、1873年にエドワード・セシル・ギネス初代アイビー伯爵が購入以来、ギネス家が所有していたものを1999年、4代目のアイビー伯爵が、政府に寄贈し、以来アイルランドを訪れる各国からの要人をお迎えする施設として活用されてきました。また、様々なセミナーや会合が開催され、さらには地元や各地から訪れる人々の見学先、憩いの場として、広くアイルランド国民に親しまれてきた場所です。アイルランド政府の公共事業局が、同施設の維持・管理を行なっています。
今年7月から、アイルランドが8度目のEU議長国を務める中、今秋には、EU加盟27カ国の首脳が集うサミットの行事が、ファームリーで開催予定です。過去には、英国からは、エリザベス女王陛下のアイルランド訪問の際の御宿舎として使われ、また、米国からも、オバマ大統領など、複数の歴代大統領がファームリーに滞在しています。
日本との関係では、平成17年(2005年)5月に、天皇皇后両陛下(当時)がアイルランドにお立ち寄りになられ、その際、ファームリーに3泊ご滞在され、その間、ご宿舎にて、バーティー・アハーン・アイルランド首相をご引見され、また在留邦人の拝謁をお受けになり、伝統舞踏等をご鑑賞されました。当時、メアリー・マッカリース大統領・同夫君とのご会見、大統領主催の午餐会が行なわれた、大統領官邸は、ファームリーのある同じフェニックス・パーク内にあります。
ここ何年かは、春の一日、アイルランドにおける日本文化の一大イベントである「エクスペリエンス・ジャパン」が、ファームリーを会場として、その広大な庭園を舞台に、日本の伝統文化から現代アートまで、様々な文化交流を繰り広げてきました。来年の日アイルランド外交関係樹立70周年をひかえ、既に日アイルランドの「エクスペリエンス・ジャパン」関係者は、準備に向けて着々と動き出しています。
イェイツとゲオルゲ、アン、ミカエル(令和8年7月イェイツ・ソサエティーにて撮影)
ちなみに、1970年代からアイルランドで陶器を作成していた「ノリタケ」のティーカップ・セットは、今も迎賓館での各種行事に使われているそうで、日本とアイルランドの経済・文化交流の一端を垣間見る思いで拝見しました。また、アイルランドのノーベル文学賞受賞者(1923年)、ウィリアム・バトラー・イェイツ(1865-1939)を研究していた日本人が寄贈したとされる、一対の雛人形が、ファームリーの一室に大切に保管されています。
ところで、イェイツと言えば、日本の能の舞台に接し、能楽に関心を抱き、「鷹の井戸」(1916年)などを書き上げ、舞台に大きな道具を使わず、仮面や音楽を用いる演出で上演したことなどが知られていると聞きます。
イェイツと能楽の出会いが記された本(令和8年7月イェイツ・ソサエティーにて撮影)
イェイツと能楽の出会いが記された本(令和8年7月イェイツ・ソサエティーにて撮影)
この夏、筆者が40年ぶりにイェイツの故郷、アイルランドのスライゴーにあるイェイツ・ソサエティーの建物を訪ねた際、イェイツの様々な著作、家族との写真などが展示される一角に、イェイツと能楽の出会いに関する下りが書かれた本と、お面が展示されていました。そこには、「1913年の晩秋、イェイツは日本の能楽に出会い、それまで四半世紀にわたり、イェイツの芝居を導いてきた劇作に関する多様な理論と探究を1つの方向に束ねていく公式を発見したと直感した。」と書かれています。
日本大使公邸での能の体験講座で実演する梅若泰志先生(令和8年7月撮影)
今年7月1日、アイルランドを訪問された梅若泰志先生(能楽師、重要無形文化財保持者、総合認定)は、日本大使公邸を含め、ダブリン市内で複数回、能の体験講座を開催されました。ユニバーシティー・カレッジ・ダブリンで能とケルト伝承の研究を行なっている山木美津穂様の全面的にサポートをいただき、参加したアイルランドの方々は、先生の実演を近くで見て、能面や謡、舞台上での動作を体験し、みるみる内に表情がほぐれ、達成感をもたれたようにお見受けします。2017年には、日アイルランド外交関係樹立60周年を記念して、東京で「鷹の井戸」を演出した能をケルティック・コーラス・グループのアヌーナと能楽師の梅若玄祥先生により上演されたとお聞きします。
筆者近影(令和8年8月トリニティー・カレッジ・ダブリンにて撮影)
来年は、両国外交関係樹立70周年。これまで150年余りの間、両国間の様々な人の往来、交流を見てきたファームリー。そこで大切にされている、ノリタケのティーカップ・セットやひな人形。これからも何年も、日本とアイルランドが交流を深めていく歴史を目撃していく、大切な場所であるものと想像します。
明日から9月。また、来月もアイルランドのどこかで、または、このページにてお会いできることを楽しみに、ご自愛のほどお祈り申し上げます。
敬具
駐アイルランド日本大使
宮川 学